四浦 では次はダニーロ・ペレスの『Across the Crystal Sea』を聴いてみましょうか。これはピアノという楽器を用いて美的表現をどこまで追求できるかを試したような作品です。
『Across the Crystal Sea』中野 きれいなメロディということですか?
四浦 メロディもだし、音色もだし。この人はも革新的な音楽家ですがそれ以上にピアニストとしての自分を物凄く探求しているように思えます。
中野 (1曲目を聴きながら)あぁ、これ僕、すでにササッてますよ。
四浦 クラウス・オーガマンという超有名なアレンジャーが参加してるんですよ。この方はクリード・テイラーのもと60年代からスタン・ゲッツ、ジミー・スミス、ウエス・モンゴメリーからアントニオ・カルロス・ジョビンといった錚々たる方々のオーケストラ・アレンジを行ってきて80年代にはマイケル・ブレッカーをフィーチャリングした作品で話題を呼んだりしていたのですが。そんな重鎮を呼んできてオーケストラ・アレンジをさせ、後ろの方でフワ~ッとストリングスを効かせてて。で、結局何が聴こえてくるかというと、ピアノがめちゃくちゃ聴こえてくるんですよ。
中野 ダニーロ・ペレスは何枚くらいアルバムを出してるんですか?
四浦 もう9枚くらい出してます。ちょっと前にアメリカのヴァーブという会社をクビになっているんですよ。このアルバムはたぶん、企画的にはそっちで動いていたのをヨーロッパのユニバーサルが出してあげましょうという感じで出された作品だと思います。プロデュースはトミー・リピューマです。
中野 クビになったのは売れないからですか?
四浦 今、アメリカのレコード業界はジャズに対して本当に冷たいんですよ。この人は今まで気負いすぎてて、1枚のアルバムの中で曲によってメンバーを替えたりとか、アレンジをあまりに凝りすぎたものにしてきたりとか、少しとっつきにくかったんですよ。やりたいことがいっぱいあるのは分かるけど、やりすぎで。でもこの作品は今までのものとは少し違ったシンプルなつくりというか。あのトミー・リピューマが本気になったといったご様子で伝家の宝刀クラウス・オーガマンを持ってきたわけですから、聴く側としてはめちゃくちゃ楽しみな、待ってましたというか(笑)。本当にこのアルバムはダニーロのピアニストとしての凄さが際立った素晴らしい作品になったと思います。一聴、ムード・ミュージックに思われても仕方ない感じはするのですが(笑)。
中野 ホテルのラウンジなんかで、かかってる感じがしますね(笑)。
四浦 まだ始まったばかりです。そこをもう一越してきますよ。2曲目でよりジャズっぽくなってくるんです。店(ディスクユニオン)でアルバムをかける時って曲順を替えてかけたりするんですよ。それはちょっとずるいんですけど。
中野 ほかのCD屋さんじゃしないですよね?
四浦 でしょうね。でもうちは当たり曲だけをかけたりして。
中野 たしかに店内でかかってるのを「今のは?」って店員さんに聞いて買っちゃうことがある(笑)。
四浦 そこにスタッフは勝負をかけているんです(笑)。で、このアルバムは2曲目をかけるとお客さんが「これなに?」って見に来る感じですね。この曲はフィンランドの国民的作曲家シベリウスのもので。ミステリアスなムードからいわゆるジャズの4ビートに移って行く様は実にかっこいいのであります。
中野 (2曲目を聴きながら)分かります。
四浦 実際に音楽として内容も濃いし、彼のピアノを存分に楽しめるという意味においてもいい作品です。この人の凄さが分かるというか。元々、昔の日本のジャズの批評家は、ライブを生で見れないわけじゃないですか。だから作品でいいものを残すミュージシャンに高い評価を与えたんです。逆に言うと、生でどれだけすごいプレイをしていようが、あまりたいした作品を残してないと評価が低かった。これは日本独特の不思議な現象で。しかしこういった作品のみを対象とする批評がポップス等では良い効果を育んできたとも言えたりもするので其処は面白いと思います。また現在ははインターネットをとおしてや直接にライブを観る機会が昔より格段に増えたのでそれらの状況は変わってきていると思いますけど。
中野 なるほどねぇ。
四浦 今、最もライブで凄いパフォーマンスをするといわれてるのがウェイン・ショーターのカルテットですが、そのグループのピアニストがダニーロ・ペレスなんです。
中野 そういえば、最近、よくウェインの記事を目にする機会が増えたような気が。
四浦 昔から凄かったんですけど。そんなに凄いって書いてなかったですよね。でも今、偉い人がどんどん死んでくもんだから、年功序列でウェインが凄いってなっちゃってるっていうのもあります。書く側の事情としてですね。ジャズ雑誌を読んでる人からすると、なんで今になって急にウェインを大御所扱するんだよっていう感じだと思います。
中野 向こうとこっちの情報の温度差があるんですね。
四浦 あとこれを中野さんが買わないといけなくなる理由はですね。この中で3曲目と6曲目がバラードなんですけど。ボーカルがフィーチャリングされてまして。それがカサンドラなんですよ。
中野 その曲を聴かせてもらえますか?(曲を聴いてボーカルが始まってすぐに)この時点でもうカサンドラのアルバムになっちゃった。なるほど。確かに買っちゃいそうだなぁ(笑)。
四浦 さっきのカサンドラのアルバムとリンクもしてて。今の彼女のムードがこういうラテンの感じの音楽をやりたくてしょうがないんでしょうね。ラテンのソウルミュージック。今までたぶん全人類が聴いてないジャンルだと思うんですよ。ラテンの民謡みたいな世界観っていうは。もちろんオリジナルはあるんでしょうけど、それを誰かがカバーしているものというのはあまり聴いてないと思うんです。ちょっと際どいんですけどね。クラウス・オーガマンのアレンジはど直球なので。
中野 そうですね。ギリギリですね。カサンドラじゃなかったら危うい。
四浦 そう、だから本物をもってこないと成立しないんですよ。この辺のアレンジも下手すると古くさいアレンジそのままなのですが、さっき言ったヒップ・ホップな感覚で聴くと面白いということになるんです。
中野 空間軸と時間軸の交差を意識して聴くと確かに面白いですね。
四浦 そうです。空間軸でいうと南米でありながらこれぞアメリカというオーケストレーションが被さり、時間軸ではシベリウスやラフマニノフが同じところにあるのです。今までにないものを聴きたいという欲求を完璧に満たしてくれるわけです。それらがアコースティックな本物の歌とピアノで奏でられるわけですから。これはもう、めちゃくちゃ美しすぎる音楽となるわけですよ(笑)。こういったものは普段は家でひとりになって聴いてますからね。これを聴いている姿は誰にも見せたくないし、見られたくないです。
中野 そうですよね。家ではこういうのを、こうやって(真剣な顔して前のめりで)聴いてますよ(笑)。
四浦 これは家で密かに聴く音楽。第三者の前でこれを満足げに聴いていたら気持ち悪がられると思います。これはみんなで一緒に聴こうとオススメしてるわけじゃなくて、もっと強制的にといいましょうか、これは聴かなきゃいけない作品として持ってきたんです。ほんとに技術的にもすごいことやってるし、楽器やってる人が解説するとまたすごいことになってると思うんですよ。本当にジャズを理解するには、聴く側に努力がいるんですよね。もちろん自分の好き嫌いもありながらも、嫌いなんだけど、凄いことやってるから聴いとかなきゃいけないものもあるから。
中野 分かります。積極的ではないけど、聴いておかなきゃいけないアルバムって確かにある。僕も、これはおさえとかなきゃいけないと思って聴くアルバムはありますね。で、理解出来なかったらもうしばらくは聴かない(笑)。でも、手放さないんです。
四浦 それが数ヶ月後に聴くと、解るという言葉だと少しニュアンスがずれてしまうのですが、前回と違う感じに聴こえてくるんですよね。それはその数ヶ月間にほかの様々の音楽を聴いてきたことによって、あ、なるほどって思ったり。
中野 僕はどこがどう新しいか理論的なことは説明できないんですよね、感覚で新しいと思うだけで。
四浦 それでいいんだと思います。今までに聴いたことがあるかないかだと思います。