織戸 今回は1950年代半ばから1960年代にかけての日本人ジャズファンにとって必需品といわれた名盤紹介のパート1。これを聴けばあなたもジャズファンだといえるものを紹介します。まずは、ヘレン・メリルの『ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン』。これは1954年の作品だね。2曲目の「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」(日本語タイトルは「帰ってくれれば嬉しいわ」)が彼女の曲の中でいちばん有名。このアルバムは日本のジャズ・ファンが確実に持ってる1枚のひとつだといわれてる。
中野 たしかに僕も持ってるし、再発がどんどん繰り返されてますね。音が良くなるという触れ込みに誘われて何度か買い直してますね。
織戸 日本のジャズ・ファンはジャズ・ボーカルというと普通これから入るんじゃないかな。中野さんは(ボーカルは)最初に何を聴いたの?
中野 僕はガイド本から入ったので、まずはビリー・ホリデイなんです。その後すぐにヘレン・メリルも聴くことになるんですが、ビギナーはいきなりビリー・ホリディから入らない方がいいかも(笑)。マスターの言うように、ヘレン・メリルから入るのが賢明。彼女の声って"ニューヨークのため息"っていわれてますよね。
織戸 そう。いわゆる日本人がイメージするハスキー・ボイスの元祖。彼女は白人のボーカルで、黒人ボーカルのように張り上げるような歌じゃないけど、ハスキー・ボイスというところでゾクゾクッとさせる。日本の男性ジャズ・ファンのエロティックな衝動を喚起させるものがあるんだよね(笑)。
ーーアルバムタイトルにはトランペットのクリフォード・ブラウンの名前もありますね。
織戸 この頃マーキュリーというレーベルで、クリフォード・ブラウンをいろんな形でフィーチャーしたアルバムを制作したんだよ。ボーカルをフィーチャーしたものだと、『サラ・ボーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』と『ダイナ・ワシントン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』もある。3枚とも有名なんだけど、その中でも親しみやすいのがヘレン・メリル。
中野 このアルバムのアレンジはクインシー・ジョーンズなんですよね。
織戸 そうそう。トランペットのクインシー・ジョーンズによるアレンジが素晴らしいっていわれてる。この時、ヘレン・メリルとクリフォード・ブラウンは24歳で、クインシー・ジョーンズはなんと21歳なんだよ。今、主役のボーカルとトランペットと、それをまとめるアレンジの人が20代前半でアルバムを作るなんて考えられないよね。
中野 考えられないですね。クインシー・ジョーンズは天才だから。
織戸 21歳で、50年後にも残るアレンジのものを作ってるわけだからね。「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」はスタンダードナンバーだからこの前にもいろんな人が演ってるけど、いまや「ユード・ビー〜」といえばこのアレンジだもんね。これが定番になってるから、それ以降にこの曲を演る時も、このアレンジを原型にしてる。
中野 これをどう崩すか、どう差別化するかということですもんね。このアルバムには、その他にもコール・ポーターとかガーシュインの名曲も入ってて、ビギナーがスタンダードナンバーを覚えるにも最適ですね。
織戸 ヘレン・メリルのライブには行ったことあるの?
中野 ないんです。でも今年5月にブルーノート東京に来てたんですよ。
織戸 この作品当時で24歳だから、今はもう80歳くらい?この作品をイメージして行くと怖い気がするよね(笑)。
中野 そういえば、この間、ブルーノート東京でロイ・ヘインズを観たんですよ。あの人ももう84歳かな。なのに数分くらいの長いドラムソロをやってて凄いと感服しちゃいました。
織戸 へぇ。凄いねぇ。ジャズの黄金時代を継続してる人っていうのをチャーリー・パーカーと共演した人と定義すると、今生き残ってるのはロイ・ヘインズとソニー・ロリンズくらいじゃない?
中野 元気でびっくりしましたよ。サングラスかけて、前列の女性客に話しかけて抱き合ってましたから。現役でしたね(笑)。演奏もパワフルで。
織戸 それはいい経験したね。ジャズのエネルギーだよねぇ。俺なんか駅の階段をのぼるだけで息切れしてるのに(笑)。
中野 ヘレン・メリルも80歳を過ぎて現役で歌ってるのが凄い。80歳オーバーのミュージシャンに興奮させられるジャンルもそうないよなぁと思った。そういった意味でもジャズって幅が広い(笑)