織戸 今回は白人のジャズを紹介していこうと思います。まずはチェット・ベイカーの『チェット・ベイカー・シングス』。この人はトランペットも吹いて歌も歌う人で、ちょっと聴くと女性か男性か判らない、中性的な歌っていわれてる。もの凄く有名だから、曲を聴けば判るんじゃないかな。
中野 ジャズ喫茶だけじゃなく、どこでも流れてますよね。僕もたまに引っ張り出して聴きますよ。
織戸 この人の作品は、一番リラックスして聴けるというか。ジャズを何にも知らない女性なんかに、最初に勧めやすい1枚かもしれないね。
中野 ああ、かもしれないですね。女性好きする。ジャケットもオシャレな感じだし。
織戸 それにこの人は美男子で、ジャズ界のジェームス・ディーンっていわれてた。
中野 Tシャツの袖の曲げ方なんかもジェームス・ディーンですね(笑)
――ジェームス・ディーンとチェット・ベイカーは同じ時代の人なんですか?
織戸 だいたい同じ時代。でもこの人は、ヤク中だった。
中野 晩年はボロボロだったらしいですよね。演奏するためにライブハウスに行ったら浮浪者だと間違えられてつまみ出されたってエピソードもあるほど。
織戸 この人は50歳くらいで亡くなるんだけど、それでもよく生きたっていわれてるくらいで。晩年もたくさんレコーディングして、ものすごい数のライブをやってるんだけど、そのほとんどはクスリを買うために、金を稼ぐためにやったんだっていうからね。一時期吹けなくなった時期があるんだけど、それはクスリ代を払えなくて売人から殴られて前歯を折ったっていう。トランペッターが歯をなくしたらもう吹けないから致命傷だよね。でもヤク中だから何でもするわけ。それに死んだのが1階の窓の手すりから落ちて死んだっていうから。
――事故だったんですか?
中野 ラリってるから。晩年のジャケットの顔を見るとひどい顔をしてますよね。
織戸 白皙の美青年だったのに、40代でもう60代のおじいさんの顔をしてた。クスリで体も顔もボロボロになっちゃって。凄まじい生き方だよね。いつ死んでもいいっていうような、八方破りのジャズメンらしい生き方ですよ。
中野 破滅型の典型。
織戸 だからこの人、死ぬことはなんとも思ってなかったのかもしれない。それでこれだけロマンチックなのかも。
中野 晩年もやっぱり歌はきれいですもんね。
織戸 ボサノヴァの原型みたいなものだよね。
----ここからボサノヴァが生まれたんですか?
織戸 そうだね。チェット・ベイカーの影響を受けた可能性はあったかも。ボサノヴァって古い音楽じゃないんだよね。ジャズの影響から、サンバの一種として発明されたようなもので。
中野 ジョアン・ジルベルトやスタン・ゲッツとか。ジルベルトなんて歌い方そっくりですもんね。
織戸 そうそう。ジョアン・ジルベルトの歌い方はチェット・ベイカーの歌い方から影響を受けたの。だから似てる。
中野 ウィスパーに歌う感じはそれまでのジャズボーカルにはあまりないタイプ。
織戸 そう。マイクのそばに口を近づけてささやくように、要するに女性がしびれるようなね。だから当時でもこれは女性がうっとりするような歌だった。
中野 彼のトランペットもボーカルと似てますよね、吹き方と歌い方は似るものなんですかね。サッチモもタイプはまったく違うけど、歌い方とトランペットの吹き方はそっくり。
織戸 そうだね。トランペットは歌のように吹いてるんだよね。自分のトランペットと歌を一緒のように考えているからでしょうね。彼は表現力があるんだよ。歌い上げるっていうわけじゃないけどすごい表現力があるから。俺はゲイの趣味はないんだけど(笑)、やっぱりゾクゾクっとする。
中野 チェット・ベイカーは、その歌い方を揶揄して"オカマのささやき"とも言われてますよね(笑)
――ジャズを表現するのに黒人と白人の違いはあるんですか?
織戸 ジャズってものは黒人が生んだものだけど、結局、黒人の大衆と白人の大衆とでは趣味がかなり違うから。前回紹介した『モーニン』とこの『チェット・ベイカー・シングス』は、もう対極にある。
中野 これ、白っぽいでしょ?
----歌だと黒人っぽい、白人っぽいというのが判りやすいんですが、楽器の演奏にも違いが出るということですか。
織戸 それはそのまま出ちゃうよ。
中野 もうどうしようもなく滲み出ちゃいますよね。
織戸 ファンキーじゃないんだよね。黒人的なものと白人的なものの大衆の違いだよね。『モーニン』とかが黒人的なソウルフルなものとすれば、チェット・ベイカーはクール。ずっと聴いてれば即座に黒っぽい白っぽいって判っちゃうね。どんなジャンルであろうと人間が表現するわけだから、自分が素直に表現しようとすれば日本人であるとか、白人、黒人であるとかは、その自分の感覚として出ちゃうし、鑑賞する側はそれを感じとれる。
――黒人と白人が一緒にやることはなかったんですか?
織戸 有ることは有ったけど、あまり積極的ではなかったでしょうね。白人のミュージシャンは黒人音楽にしびれてジャズを始めたわけだけど、当時は世間的にも黒人差別ということが当たり前のようにあったから、一緒にグループを組ん長期のツアーをしたりするのは、お互いに気まずかったかもしれない。チェット・ベイカーなんかは黒人と一緒にやることもあるんだけど。アメリカでも黒人は黒人のものしか聴かない、白人は白人のものしか聴かないって、そういうジャンル分けがある。同じジャズでもね。アメリカでは東と西っていう形で分かれていて、これはウエストコースト。さっきの『モーニン』とかはニューヨークとか東海岸っていう風に分かれてる。
中野 ウエストコースト・ジャズっていうカテゴリーもあるし。
織戸 シリアスな話をすれば、黒人の中には、ジャズをやることで金儲けをしたのは白人で、俺たちは貧乏なままだって不満もあった。ジャズを作ったのは黒人なのに、金儲けをしたのは白人だってね。マイルスなんかも「なぜ俺よりもチェット・ベイカーが売れたりするんだ」って思っていたくらい。チェット・ベイカーもいい人なんだけど、オリジナルは俺でこいつは偽者だって、黒人側からしたらそういう思いがあったみたいだね。