MILESTONE24時

中野俊成が18歳から通い続けていた
ジャズ喫茶『マイルストーン』の店主、織戸氏と共に
ビギナーに向けたジャズの名盤を紹介。
店が閉店した24時から花咲くジャズ談義を、余すことなく公開します。
MILESTONE 24H Vo.1

ジャズの歴史をつくった
天才たち


中野さんとジャズ喫茶
「マイルストーン」の出会い

-――中野さんは18歳の頃から織戸さんが経営するジャズ喫茶「マイルストーン」に通ってたんですよね。

中野 そうです。でも僕が通ってた頃は今のこういうお店の形じゃなかったですよね。

織戸 この店は今年31年目で、中野くんが来てたのは?

中野 25年前ですね。

織戸 '76年から20年やって、改装して11年目だから。前はカウンターもなかったし、お客さんと話す雰囲気はなかったもんね。

中野 そうですね。壁に沿って椅子があって、小さなテーブルが置いてあった。

織戸 この柱の向こうに入り口があって。

中野 あぁ、そうだ、そうだ。僕は18歳で早稲田予備校に通うために富山から出てきて。でも予備校には行かず(笑)、高田馬場駅を降りたらそのままここに来て、みたいな生活だった。高校2年の頃にジャズが好きになって、でも地元にはジャズ喫茶がなくて、それで東京に出てきて色んなジャズ喫茶に行ってた中で、ここがいちばん居心地が良かった。オープンな感じがしましたね。

織戸 そうだよね。それまでのジャズ喫茶ってスピーカーに向かって、じっくり腰を据えて聴くっていう形で。俺が店を始めた時は、そういう形にはしないようにって思ってね。うちなんか31年やってて古いようにいわれてるけど、店を始めた時にはもうジャズ喫茶は下り坂だったんだよ。俺は団塊の世代なのね。(昭和)22年生まれだから。団塊の世代の俺たちが高校生か大学生の頃はジャズ喫茶がピークだったんだよね。その団塊の世代がある程度の年齢になってジャズ喫茶を始めた頃には、お客さんはだんだん減りつつあって(笑)。

中野 当時、ここを降りて行ったところに「Intro(ジャズ喫茶)」ってありましたよね。

織戸 今もあるよ。今はライブ中心になってる。「Intro」はうちより2年ほど早くできて、割と主流派。だってコルトレーンの命日には追悼をやってたから。コルトレーンの特集をやるっていうのは、ジャズ喫茶のメインストリームを走ってますよっていう旗を掲げてるわけ。

中野 「Intro」は閉鎖的だった印象があるなぁ。

-――そもそもジャズ喫茶自体に、敷居が高いイメージがあるんですが。

織戸 だから困っちゃうんだよね。うちなんかもジャズ喫茶に初めて来たっていう人から「お話していいんですか?」って聞かれて。

中野 すごい古いジャズ喫茶のイメージですよね。話してると怒られるっていうのは。本かなんかで読んだんでしょうね。

織戸 でもうちなんかさ、そういう雰囲気は始めた頃からなかったから。

中野 そういえば、僕が東京に来た頃にはありましたね。しゃべってると睨まれるっていう。店主もそうだし、お客さんからも睨まれる。

織戸 それは真面目にジャズと向き合う、アートとしてのジャズだよね。

ジャズ=お洒落音楽になったのは
80年代から

――中野さんのように高校生がジャズを聴くというのは当時主流だったんですか?

織戸 いやいや。やっぱりジャズ聴く人っていうのは大体クラスに1人。それはいつの時代でも似たようなもんだよね。

中野 僕は学校で1人しかいなかった(笑)。だって今でも知り合いにジャズ好きな人っていないですからね。

織戸 ジャズって当時は真面目に聴くっていうイメージだったんだよね。まだジャズがBGMになってなかった。

中野 難しいものを聴きやがって、とかね(笑)。それは言われてたなぁ。当時はここに来て、コーヒー1~2杯とピザトーストでずっと粘ってたイメージがありますね。18歳だからお金もあんまりないわけですよ。で、その時かかってるレコードジャケットが立てかけてあるから、新しいレコードがかかるたびにそのレコードのライナーノーツを読んで、メモって。だから勉強しにきてたみたいな。

織戸 コーヒーも当時で350円くらいだもんね。そんなに高い方じゃなかった。それより10~20年前だったら、ジャズ喫茶のコーヒーは普通の喫茶店の倍くらいの価格だった。でも'76年当時だとブームは下り坂だから。当時の喫茶店が300円だとしても、そんなに高くできなかった。

中野 他のところは高かったですけどね。アイスコーヒー1000円とか。新宿の「木馬」とかすごく高かった記憶がある。

織戸 歌舞伎町だもん(笑)。新宿にはあの頃でもジャズ喫茶がいっぱいあったでしょ。「DIG」とか。

中野 「DIG」とか行ってましたね。あと「DUG」っていうのもありましたよね。

織戸 「DUG」はジャズ喫茶がジャズバースタイルになる先駆け。ジャズをお洒落に聴くっていうスタイルの先駆けだよね。ジャズ喫茶はみんなその流れにいったわけ。そうしないとコーヒーだけではお店は成り立たなくなったから。

――今はジャズといえばお洒落な音楽というイメージが強いですよね。

織戸 80年代にジャズバーができて、お洒落な場にジャズが合うっていうことになっていったんだよね。それと同時にジャズ喫茶の特権的なものが廃れていった。特別なものじゃなくなったから。今じゃお蕎麦屋さんでジャズが流れててもおかしくないからね。どうもジャズはお洒落になりすぎちゃった気がする。

中野 僕ね、ジャズが好きだっていうと知り合いからカッコつけてるって言われるんですよ。でもジャズって元々そんなお洒落な音楽でもなかったし、そういうつもりで聴いてないんですよね。

織戸 音楽っていろんなハードルがあるから。ジャズというジャンルにも幅と奥行きがあるわけだよね。その中でジャズを聴いてみたいという初心者に対して、我々は「このピアノ・トリオは聴きやすいですよ」とか言うわけだよね。

中野 言いますね(笑)。その表面的に聴きやすいものがBGMに適しているから、それが氾濫してお洒落だっていうイメージになってる。


ARCHIVES

Vol.1 ジャズの歴史をつくった天才たち
Vol.2 ジャズの歴史を彩る天才たち
Vol.3 モダン・ジャズを切り開いた黒人ミュージシャンたち
Vol.4 白人ジャズとアドリブの天才
Vol.5 ビギナーの必聴名盤その1
Vol.6 ビギナーの必聴名盤その2
Vol.7 ジャズ初心者から次のステージへ 1